一応、東大女子ですけど、すみません

恋愛とか人間関係とか、ふつうの東大女子による些細なあれこれ。

元カレや好きな人を忘れる方法

元カレや好きなひとを忘れるのって、難しいですよね...

 

基本的なアドバイスの一つに、「彼と会わないようにしましょう」というのがあります。「人間は会わなければだんだん忘れていく生き物」とかなんとか。

とはいえ、ほんとうに好きな相手と、「もう会わないぞ!」って決意することそれ自体が大変難しい。それが決意できてれば「忘れたい」って悩むこともないんです。

 

彼と一緒に行った場所を通るたびに彼のことを思い出してしまう。

夢に彼がでてきて朝起きて泣く。

お風呂に入っているときにふと悲しくなる。

twitterで彼のツイートがRTされて回ってきた...

facebookで彼の新しいプロフィール写真がいいねされて回ってきた...

 

これは全て実体験です笑

とにかく、どれだけ忘れたいと思っていても「思い出してしまう機会」が生活の中にたくさんあるんです。

 

では、どうしたら忘れられるのでしょうか?

私が、効果があると思ったものをいくつか紹介します。

 

①彼の幸せを心から願う

元カレの場合、彼を責める気持ちがありませんか?

好きなひとの場合、彼から愛を奪おうとしていませんか?

 

彼とお別れしたことは、彼にとっても、自分にとっても、ポジティブなことだと考えましょう。

「夜をいっしょに歩いたから、朝が来たらお別れ」

彼と苦しい時間を共に支えあって、幸せな時間を紡いできたでしょう。

明けない夜はないのです。

彼にも、自分にも朝が訪れようとしているから、2人はもう2人である必要がなくなったのだ、と考えてみてください。

これから朝が来ます。彼も、自分も、1人で歩いていくことができます。

あるいは、朝にふさわしい、新しいパートナーの季節なのです。

 

好きなひとの幸せを、私はこんなに純粋に願っている、と思うでしょう。

でも、ほんとうに純粋に相手の幸せを願っているときは、苦しくならないはずなんです。

もしあなたが、苦しい、つらい、と感じているのだとしたら、それは「私がこんなに愛を与えているのに、彼は私を愛してくれない」と感じているからです。

与えたものを全部返してもらいたい!という気持ちでいるうちは、彼のことを忘れられません。借金のとりたてやのごとく、ねちねちと彼のまわりをつきまとってしまう結果になります。

もちろん、自分は相手の幸せを心から願っているんです。その気持ちに嘘はない。でも結果として、相手からの愛を期待しつづけていくことは自分自身を苦しめるんですよね...

ということで、「相手からの見返りはなにも要りません!」という気持ちになることが、彼を忘れる第一歩です。

難しいですが、これができれば、人間として大きく成長する一歩を踏み出したと言えるのではないでしょうか!

 

②執着をたつ

「忘れたいのに忘れられない」「諦めたいのに諦められない」というのは、まあ簡単に言ってしまえば執着ですよね

 

元カレを忘れられない、好きなひとを忘れられない、という女性に多いのが、「部屋に持ち物が多い、断捨離が苦手」という方ではないでしょうか?

私自身、使い終わった修正ペンとか小学校の時の遠足のしおりとか、もう絶対使わない、見ないようなものでも捨てられずに大切にとっておく習性があります笑

 

出会いがあれば別れがあります。

急接近した相手なら、急に距離が離れることもあるでしょう。

離れていくものは仕方がありません。物を捨てる要領で、人もぱっと諦めることが肝心です。

 

コツは、川をイメージすることだと思っています。(友人の受け売りです笑)

ゆったりと流れる川です。底に、がらくた(自分にとっては宝物)がたくさん沈んでいます。

それを、ゆっくり、大きく、押し流していくイメージです。

流れたものは、当然帰ってきません。でも、いつかは流れるものです。底に沈めたままでは、腐って錆びてしまいます。

自然の摂理に身を任せるような静かなきもちで、いろいろなことを流してみてください。

 

③時間が経つのをひたすら待つ

自分で自分の気持ちがどうしようもない時は、時間が経つのをひたすら待つしかありません。

3年も経てばたいていのことは忘れます。そういうふうにできているんです。

その間つらいでしょうが、耐えるしかありません。

焦らないことです。

1年たっても忘れられないでいる自分を発見しても、めげないことです。時間は必ず解決してくれると信じて、待ちましょう。

 

 

以上、元カレや好きな人を忘れる方法を3つ挙げてみました。

忘れられないとき、とてもしんどいと思います。

注意すべきは、悲劇のヒロインになって、いつまでもつらい状況に甘んじてしまわないことです。

つらい、悲しいと思っている自分ではなく、楽しい、幸せだ、と思っている自分を目指してください。

女の子は泣いて強くなるんです!

 

東大女子 彼氏のつくりかた

これまでの記事で、圧倒的にこの記事へのアクセスが多かったんです。

(他にもっと良い記事もあるのにな~)

 

beyond21.hatenablog.com

 

ということで、東大女子が実践している、東大での彼氏の作り方!公開しちゃいます。

 

悩める女子必見!東大男子を落とすテクニック10選

 

www.youtube.com

 

私は中高女子校出身です。

大学に入ってすぐキャラに失敗し、大学1年生の間は、”男性から「男友達」としてしか見られない系女子”というポジションに甘んじていました...

「男友達ポジションはラクだし、楽しいし。」と思っている女子校拗らせのあなた!

女として意識されないうちは、彼氏はできません!(それはそう)

 

「モテ期を経験してみたい」「彼氏がほしい」と思っているあなた!

ためらわずにテクニックを使うべし。

「テクニックを使うのは、一部のかわいくてあざとい女の子だけでしょ」と思っていませんか?

女の子は誰しも、テクニックを使って彼氏をゲットするものなのです。

 

彼氏をゲットするためのテクニックを羅列してみますから、ぜひ実践してみてください。

びっくりするほどモテるようになります(※個人の感想です)。

 

①手と手のタッチは必須

(テク1)

「ハンドクリーム出しすぎちゃった~もらってくれない?」と言って、自分の手で彼の手を包む。

(解説)

効果はばつぐんだ!しかし、夏には使いにくいテクニック。また、このテクニックは「あざとい女子の鉄板」として男性にも認知され始めているので、多少危険度はある。

ポイント:ハンドクリームを持ち歩くという女子力の高さをさりげなくアピール。

 

(テク2)

「手、おっきいね」と言って自分の手と大きさ比べをして、そのまま恋人つなぎの要領で相手の手をぎゅっと握ったのち、「えへへ」などとふざけてみせる。

(解説)

効果はばつぐんだ!!

ポイント1:「〇〇くんってピアノやってたんだ。男のひとってオクターブ以上届くの?」「〇〇くんテニスやってるよね?マメとかできるの?」といった、「相手の特徴」と「相手の手の話」を結び付ける話題から導入すると自然。

ポイント2:「手が小さいな」と思わせる。→男性はあなたを女性として意識。「守ってあげたい対象」になる。

ポイント3:手をぎゅっと握られるとドキドキします。「えへへ」とふざけて多くを語らないのがコツ。男性に、意図を読み取らせないことで、困惑を誘います。

もしハードルが高いと感じるなら、「この前女の子の友達に手をこうやってぎゅってされたんだけど、なんかこれドキドキしない?」と笑顔で訊いてみるのもGOOD。

 

②飲み会で使う!間接キスはOKのサイン

(テク3)

「そのお酒なに~?」「へえ、初めて聞いた。おいしいの?」→お酒をもらう「おいしーい!」「私お酒苦手なんだけど、飲みやすいね!」

(解説)

実はこれ、伏線にすぎません!次回につなげるテクニックです。

→「今度2人で飲みに行こう?」などと誘い、たとえば3週間後くらいに会う約束をします。

そして、この前彼が飲んでいた(そして味見させてもらった)お酒を注文し、「私、あれ以来ついこのお酒頼んじゃうんだよね」と照れてみせます。

 

(テク4)

「酔っちゃった~~このお水飲んでもいい?」

(解説)

ポイント1:「酔っぱらっている」と宣言すること=積極的なボディタッチの免罪符。

横並びに座っているなら、彼の肩に頭をのせてみましょう。

ポイント2:自分から間接キスって、生理的にイヤな相手にはやりませんよね?

つまり、男性に「この女の子は自分に気があるのかも」と可能性を感じさせることができる。(可能性を感じないと、男性は告白してきません)

 

③理系男子は「褒める」。文系男子は「理解する」。

(テク5)

「何を研究してるの?」→「すごい!」「かっこいい!」「頭いい」「教えるの上手だね」

(解説)

自分と同じ研究分野のひとには使えないテク。

ポイント1:理系男子に対しては、とにかく「教えてもらう」側に徹すること。男性が気分よく教えてくれるように、ひたすらもちあげる。

ポイント2:東大男子限定かもしれないが、順位が大事。「俺、全国模試で1位だったんだ」みたいな自慢をさせてあげると良い。「一番」とか「他の人より」とか、順位や比較を意識した言葉まわしをすると、彼の気分が良くなる。

 

(テク6)

趣味や幼少期の経験を訊く→「そうだったんだね」「今度一緒に(彼の趣味を)やりたい」

(解説)

ポイント1:趣味にはまず尊敬の念と興味を示す。

たとえば自分で小説を書いているひとなら、「読ませてほしいな」からの、感想を丁寧に伝える。

ポイント2:幼少期のつらい経験を語ることは、心の距離をぐっと縮める。

自分の小さなトラウマを打ち明けてみると、彼も語ってくれることが多い。とにかく共感し、同情し、「私はあなたの理解者です」とアピールをする。とにかく丁寧に相手の話を聞く(そして忘れないようにする)。

 

スマホは武器になる

(テク7)

スマホ見せて~」「暗証番号あてる!」

(解説)

話題がないときに使える。

ポイント1:「スマホ見せて~」の時に、彼の手と自分の手が触れることを意識する。

ポイント2:「ロックしたままでいいから!暗証番号あてたい」で警戒心を解く。

ポイント3:最初はてきとうに1234とか入れてみる。「え~あたらない」

ポイント4:「誕生日はいつ?」暗証番号を当てるという口実で、彼の誕生日などの個人情報を自然に聞き出せる。

ポイント5:指紋認証の場合、「手かして?」と言って彼の手を借り、「ロック解除できた!」と無邪気に喜んで見せる。手と手のタッチをここでも意識。

 

(テク8)

彼と写真をとる→「写真送りたいからLINE教えて?」「インスタやってる?」

(解説)

彼と初対面のとき。自然にLINEやインスタでつながることができる。

 

⑤告白されたいなら、「あなたが特別です」と言外に伝える

(テク9)

彼だけに挨拶をする、他の友達といるときにすれ違ったら、「〇〇くん!」と声をかける

(解説)

大学キャンパス内を想定しています。他の子には自分から「おはよう」と言わないのに、彼には笑顔で「おはよう」と声をかける、など。「俺って彼女にとって特別な存在なのかも」と思わせる。

 

(テク10)

「〇〇くんといるときが一番落ち着くなあ」「〇〇くんにしか言わないから、秘密にしてね?」「〇〇って呼んでもいい?」

(解説)

ポイント1:彼に、自分だけのあだ名をつけてみる。下の名前からとった、彼女が呼びそうな名前だとGOOD。

ポイント2:あなたは「多数の男友達の一人」ではなく、「特別親しいひと」なんだと伝える。

 

 

 

以上です!いかがでしょうか。

彼氏のほしい東大女子のみなさんの助けになれたらと思います。

 

この記事を読んでしまった東大男子のみなさん笑

男性から告白されてイヤな気持ちのする女性はほぼいません。

「オタクから告白されるのはきもい」とかいうツイートが話題ですが、そういうことを言う女性の心理は、「告白されたと自慢したい」だけなんです。

トーカーされるのはきもちわるいですが、そうでなければ、男らしい告白を女性はいつでも待っています!

様々なテクニックで女性がアプローチをかけてきたら、その勇気に応えてくれれば、幸いです。

 

 

「失敗」をすることに一生懸命な日本人

 

「一度も失敗をしたことがないひとは、新しいことに挑戦したことがないひとだ。」

 

 

私はたぶん、「失敗をしたことがない」。

中学受験は4校全部合格したし、

大学受験も、東大、早稲田、慶應を受験して全部現役合格だ。

そういうのを失敗の基準だと思う人からしたら、私は失敗をしたことがない人間に見えるんだろう。

 

自慢だと思わないでほしい。

「失敗」をしたことがないことは、悪いことだ。

 

道徳の授業では、失敗の末に大きな成功を収めた偉人の「失敗」が称賛される。

JPOPを聴けば、「失敗してもくじけないで」とか「失敗の数だけ強くなれる」とか感動的な歌詞が飛び込んでくる。

一度も失敗をしたことがないひとは、新しいことに挑戦したことがないひとだ。」という言葉が「名言」として需要される社会。

 

きっと私は大きな成功を収めることができない。

きっと私の心は挫折を経験したことのない弱い心だ。

きっと私は何も挑戦したことのない臆病者。

失敗したことのないことが、大真面目に、私のコンプレックスで、人に言うのも恥ずかしかった。

恥をしのんで友達に打ち明けたとき、「勝ち組でいいね」と言われた。

 

とても哀しい気持ちがした。「失敗」したいと切実に願った。

  

私だって、失敗したことがないわけじゃない。

言葉を間違えてひとを傷つけたことは1回じゃない。

 でも、そんなんじゃダメ。

もっとはっきりした「失敗体験」がないとダメなんだ。

誰もが認めてくれるような、「失敗体験」がないと...。

 

なぜ、失敗体験がないと、だめなんだろう?

 

たぶん、失敗体験を伴わない成功談は、歓迎されないから。美談には、それを彩る失敗談がないと、だめなんだ。ただの成功は自慢にしか聞こえなくて、世間の嫉妬をかう。

 

実際、大きな成功を収めた人はなにかしらの失敗体験をもっていることが多い。

でも、中学合格だとか、大学合格だとか、そういう本人の努力だけで結果を容易にコントロールできる事象に対してまでも、「失敗談」を要求するのは違うと思う。

努力したから、得るべき結果を当然得たひとに対して、「勝ち組」と呼んで嫉妬するのはお門違いだ。

成功は良いことだ。成功者の足をひっぱるのは、日本の恥ずべき風習だ。

いまいちど、考えてみてほしい。

成功を称賛するのではなく、そこに至るまでの「失敗」の方を称賛するようになってはいまいか。

成功者に対して、やたらと「失敗談」を期待してはいまいか。

その成功を、失敗談なしに"許す"ことはできないだろうか?

 

 

 

私は勉強のために死ねない。

東大に通っています、と言うと、「勉強が好きなんだね」と言われることがある。

 

私は勉強が好きだ。

東大に入るまではそう思っていた。

 

私は勉強が好きなんだろうか?

東大に入って、私は、ただ競争に勝つことが好きなだけだったんだと気づいた。

 

小学生の時、勉強が好きだと信じていた。

新しいことを知るのは楽しかった。

でも、

勉強すれば、友達より物知りになって、授業中にたくさん発言できて、先生にも褒められる。

その優越感が好きなだけだったのかもしれない。

 

中学校の時、高校の時、勉強が好きだと思っていた。

試験勉強は嫌じゃなかった。いい成績がつくとうれしかった。

でも、

私は「試験勉強」しかしていなかった。

大学に入って知り合った、たくさんの優秀な友達は中高時代から、自分の好きな勉強を、試験範囲に関係なく、勉強していた。

毎日地図を読んでいた、毎日数学の問題を考えていた、毎日文学書を読んでいた...

 

ほんとうに好きな人なら、試験なんか関係なく、毎日そうすることが可能なんだ。

 

彼らは、それを努力だとさえ感じていない。

地図を読んでいる時間は至福の時だし、数学の問題は時間を忘れて何十時間も考えて当然だし、文学書は自身の人生のなくてはならない一部だと思っている。

 

そういう人たちと出会って、私は、勉強が好きじゃないんだと知った。

顔から火が出るほど恥ずかしかった。

試験で人より良い成績をとることだけが、人に勝つことだけが好きな人間が、

「勉強が好き」なんて言っていいはずがなかったのだ。

 

ひとに勝つための勉強しかしてこなかった人間は、大学でどうしていいか分からなくなって途方にくれる。

就活に勝つ方法を模索して、学生団体の代表になってみたり、

新しいスポーツを始めて、それで勝つ喜びを補充したりする。

 

大学は、勝負の場所じゃない。

ほんとうに勉強を好きな人間が、ほんとうに好きな勉強と心中する場所だ。

心中する覚悟のない人間は、迷わず心中することを選べる人間の前で、激しい劣等感にさいなまされる。

自分の覚悟のなさ、甘さ、不誠実さ...そういうものを突き付けられて絶望する。

 

私は勉強のために死ねない。

死ぬほど勉強してやろうと決意したその日だって、夜になったら眠くなる。

気が付いたら晩御飯のことを考えている。

 

それが、とても恥ずかしい。

私は、勉強のために死ねる人間でありたかった。

 

 

よのなかにたえてさくらのなかりせば

在原業平が好きだ。

この季節になると思い出す、彼の歌。

 

よのなかにたえてさくらのなかりせば はるのこころはのどけからまし

(世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし)

 

雨が降るたびに、はなびらが全部散ってしまわないか心配になる。

咲くまえはそわそわして、咲いたあとはやきもきする。

桜ひとつで、私たちの心は落ち着きをなくす。

 

好きなものがあることは、大切なものがあることは、幸せなことだ。

でも、そのせいで、たくさんの悩みが生まれるのも事実。

 

好きなひとができると、そわそわしてしまう。

相手の一挙手一投足に一喜一憂して。

それは春の雨のように、私がどんなに願ったって、どうにもならないものなのに。

 

大切なものができると、それが永遠には続かないことを想って切なくなる。

季節はめぐる。時間は過ぎる。

それは川のように、とどまることを知らない。

すべてのものは変わっていく。

 

美しいものは終わりがある。

「あなたに出会わなければ私の心はこんなに乱れずに済んだのに。」

これほど実感のこもった愛情表現が他にあるだろうか。

 

あなたに出会わなかった人生は、きっと味気ない。

あなたに出会った人生は、限りなく幸せで、苦しい。

 

 

大学の人間関係はなぜ希薄か

 

大学に入って、たくさん友達ができた。

同じクラスの友達。同じサークルの友達。同じ授業の友達...

 

大学に入って、できなかった友達。

悩みを打ち明け、休日にどこか遊びにいき、長期休みには旅行に行ける友達。

 

友達の役割分担化が進んだ。

Aちゃんとは、彼氏の愚痴を言い合う仲。

Bくんは、漫画を貸しあう仲。

Cちゃんとは、一緒にライブに行く。

D先輩とは、ショッピングに行く仲だ。

ぜんぶを一手にひきうける「親友」という存在が、いないのだ。

 

これを、ポケモン型の人間関係とか呼ぶらしい。

つまり、いろいろなタイプのポケモンを集めておいて、適材適所というか、

出現した問題に合わせて友達を使い分けるという発想。

 

昔の友達関係はドラクエ型の人間関係とか呼ばれていて、

最初にパートナーを選んで、どんな問題が出現しても、そのパートナーと一緒に乗り越えていく発想らしい。

 

小説やドラマや舞台はドラクエ型の人生を美しく描く。

でも、今を生きる若者には、ポケモン型の方が合理的に感じられる。

ポケモン型の方が、たとえ一人の友人に裏切られても、ショックは少なくて済む。

それに、ある一人のひとと、食べ物の趣味も音楽の趣味も漫画の趣味も服の趣味も、何から何まで一致するなんてことはない。

ごはんに行くのは食べ物の趣味が一緒のひとがいいし、ライブに行くなら音楽の趣味が一緒のひとの方が楽しい。

 

どっちが良いとかどっちが悪いとかいう話ではない。

ただ、周りがポケモン型の人間関係を築いている中で、すべての苦楽を共にしてくれるようなドラクエ型の親友を探すことは、以前にも増して困難だろう。

 

 

 

 

 

 

東大タラレバ娘 第二話「東大女子、彼氏がほしい」

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東大女子の半分くらいは女子校出身である。

女子校出身者は恋愛に夢をみがちである。

大学でやっと共学になった!彼氏ほしい!

…となるのは、大学1年生までのお話。

 

大学2年生以降の東大女子は、「夢をみている暇がない」ことに気づき始める。

「あれ...? あっという間に1年終わっちゃったよね」

「大学生活あと何年残ってる? 文系ならあと3年? まじ?」

「3年とか一瞬じゃん」

 

実は「東大出身女子のおよそ75%は東大卒と結婚する」などというデータがある。

そして、「東大女子は東大を卒業した後、他大出身の男性から敬遠されて全くモテないよ。在学中は(男女比が原因で)モテるんだから、今のうちに彼氏つくっときな!」という先輩からのありがたーいアドバイスが身に染みる。

 

「在学中に結婚できそうな彼氏見つけとかなきゃだめってことだよね..」

「在学中がいちばん東大生と出会う機会多いもんね」

「今の彼と結婚するビジョンがない!あと3年しか東大にいれなくて、残された時間は短いのに、結婚しない相手と付き合ってるのって時間の無駄じゃない!?」

「とにかく急いで結婚相手をみつけなきゃ!!」

 

…という風に焦り始める。

大学2年生以降の東大女子が「はー彼氏ほしい」とつぶやいていたら、それは「結婚相手あらわれろ~」という意味であると思って間違いない。(※個人の見解です)

 

東大女子の共通見解はこうである。

「大学受験とかホントちょろかったよね。恋愛に比べれば」

 

よかったらこの記事参考にしてください。彼氏の作り方書いてます。

 

beyond21.hatenablog.com

 

 

 

東大タラレバ娘 第一話「女の幸せ」

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東大女子にとって最大の関心は勉強?

実はそうでもないんです。

 

 

「私の人生の最優先事項は結婚!」

「小学校の時から、将来の夢はお嫁さんだったの。」

「〇〇学部より△△学部の方が結婚率が高いらしいよ。ほんと羨ましい~」

これらはすべて東大女子の発言。

意外に感じるかもしれない。

 

なぜ"意外"なのか。

 

東大女子は"女の幸せ"を捨てて"男の幸せ"を取った人間だと思われていることが少なくない。

"女の幸せ"。

たとえば、愛する男性と恋をし、結婚し、子供を産んで、家を守って。

"男の幸せ"。

たとえば、良い企業に就職をし、会社で活躍し、出世し、社会に貢献して。

東大女子は、良い大学に入って学問を追究したのちは良い就職をし、社会で活躍していくことを期待されている。(誰から?ーたぶん、世間とかいうやつだ。)

そういう女性がお嫁さんになろうとすると、「もったいない」とか「なんのために東大に入ったんだ」とか言われる。

 

「なんのために東大に入ったんだ」??

勉強するために決まってるだろ!

大学は研究機関であって就職斡旋機関ではないんじゃぼけっ!

 

 

タラレバ最終回(ドラマ)で、

 ”女の幸せ”にふりまわされ続けた主人公たちは、

「幸せは他人や社会の規範で決められるものではなく、自分自身で決めるものだ」という一つの結論にたどり着いた。

 

その女性がどこの大学を出ていようと(あるいはどこの中学・高校を出ていようと)、関係ない。

東大女子だって、自分の幸せは自分で決めたい!

"東大女子の幸せ"なんてものがなんとなく社会から規定されていても、私たちはそれに抗う。

進め!東大女子!

 

他人に借りをつくれ

ああ、与えられてしまった...と思う瞬間がある。

 

荒川アンダーザブリッジではないけれど、私は、借りはなるべく作りたくない。

 

そう願っているのにもかかわらず、

入学祝いとか誕生祝いとか節目節目に祖父母からお金が送られてきたり、

道を間違いそうになったときに父母に助けられたり、

困ったときに先輩からほんとうによくしてもらったり、

折れそうになったときに友達がそばにいてくれたり。

 

借りなんて作りたくなかったはずなのに、いつの間にか借りばかりだ。

おかしい。

 

「あなたのおかげで今の私がある」という実感は、今の私にとって、苦しい。

本来それは温かな実感であるべきなんだろう。

なぜこんなに息苦しくて重い感じがするのだろう

 

「”与えられてしまった”ものを返すのが人間としての道なんだと思います」

古典の先生が言っていたのをふと思い出す。

「与えられたもの」ではなく、「与えられてしまったもの」の方がずっと実感に近い。

そうやって半ば無理やりに背負わされたものを、どうにか返済していく人生だ。

 

 

キリストは受難した。

受難を英語で何というか知っていますか。

ー答えはPassionです。

passionという英単語を、私たちは「情熱」という意味だと覚える。

 

人間はそのはじめに何か重たいものを背負わされるのだ。

それは重く苦しいが、それが心の中に灯って情熱となり、その後の人生の動力になる。

 

 

0.01点の重み

教え子のひとりが0.01点で東大に落ちた。

 

もし、受験中に、「このままだと0.01点であなたは落ちてひどく後悔することのなりますよ」と伝えられたら、彼女は受かったんじゃないかと思う。

 

1点に対する執着が、合否をわける。

 

学校のテストでも、模試でも、点数のつかないただの練習でも、問題に本気で向き合って少しでもよいものを書くという精神が大事だ、と思う。

 

 

大学生は親と喧嘩する

親と喧嘩をするのは中学生くらいまでだろうなって思っていたけど、

実際大学生になってみると、中学のときより、親と喧嘩をしている友人が多い気がする。

 

大学生の「一人暮らししたい」の理由は、

「家に友達を呼びたい」「通学に不便だ」だけじゃなく、

「実家の居心地が悪い」「こんな家出たい」だったりもする。

 

考えてみれば、大学生が親と喧嘩をするのは不思議なことじゃない。

①まず、親は娘や息子がもうすぐ社会人だということを意識する。

「社会人になったとき我が子が困らないよう、あれもこれも一人でできるようにさせなきゃ」と考えるのが親心。

これまで「お勉強だけしてればいいいわよ」だった母親が、急に「料理しなさい」「掃除しなさい」と口うるさくなる。

②一方で、大学生は忙しい。

たとえその忙しさの原因が遊びだったとしても。

とにかく大学生は「めちゃくちゃ忙しい」と感じている。サークルのアフターで飲み会から帰れば疲れている。

家事やらなんやらよりも大事なことが沢山あるから、「そんなことしてる暇ないよ!」となる。

 

③そして、何よりの喧嘩の原因は、

親が大学生を大人として扱うと同時にこどもとして扱うこと。

 

「もう大人なんだから自己管理くらい自分でしなさい!」と言いつつ、

「なんでこんなに帰るのが遅いの!?10時までには帰りなさいって言ったでしょ!」と言う親に、子供はうんざりだ。

「10時に家に着くには9時には飲み屋をでなきゃいけない。そんなの、何も楽しめない。もう大学生なんだから自由にやらせてよ!」と、まあ喧嘩になる。

あるいは、

「あなたを早く家に帰らせない彼氏なんて、あなたのことを想ってないのよ。そんな人別れなさい」とか親に言われる。

これは確実に喧嘩になる。

大学生は、親に「彼氏と別れなさい」とか「あのお友達とは遊ばないようにしなさい」とか言われるのを極度に嫌う。

「私はもう幼稚園児じゃないんだよ!交友関係くらい自分で選ばせてよ!私の友達を悪く言うな!」という感じ。

 

つまるところ、大人としての義務をおしつけると同時にこどもとして自由を制限し管理しようとする親の矛盾が許せないのだ。

 

解決方法は3つあると思う。

①親が寛容になること。あなたの子はもう二十歳だ。信じてあげてほしい。

②子供が「矛盾」は愛が形を変えたものであることに気づくこと。

親の愛は無償の愛と言われることもあるように、論理を超越してる。

そこにロジックを求めてはいけない。むしろ愛は往々にしてロジックに反する。

ただ、愛されているという事実があるだけなのだ。

 

これで解決しなかったら仕方ない、③一人暮らしをする。

 

悩んだとき、進路の決め方

高校生のとき、文系にするか理系にするかで死ぬほど悩んだ。

どっちが正解かなんて誰にも分らない。

将来のことなんて、誰にも分らない。

 

「大きな決断をするときのコツはね、」

彼女は秘密の魔法を伝授するみたいに声をひそめて言った。

「コツはね、一度決めたら、もう悩まない!って決めちゃうことなの。」

 

誰も正解は知らない。

悩んだって正解がわかるわけじゃない。

だったら。直観でびびっと決めてしまえばいい。暴論だけど。

そして、「もう私はこうすると決めたんだから、絶対に悩まない」と心に誓う。

なんなら、声にだして、親や友人に宣言してもいい。

 

あとから、「あの時こうしていれば」って後悔することなんて山ほどある。

あとから、結果を知ってからだったら、なんとでも言える。

でも、決断をしなきゃいけないのは、結果を知らない、いまの自分だ。

 

目標なんてなくていいさ 気づけば後からついてくる

可能性という名の道が いくつものびてるせいで

散々迷いながら どこへでもいけるんだ

 

BUMP OF CHICKENの「ダイヤモンド」という歌を、進路に悩んだとき繰り返し聴いていた。

目標なんてなくていい。

高校生や大学1,2年生の段階で明確な目標がある人のほうが少ない。

たかだか20年もまだ人生いきてないんだから。

とにかく何かやっていれば、目標は後からついてくる。心配しすぎないことだ。

 

可能性という名の道は、いつだって幾つもいくつものびている。

あなたは今、その岐路にたっているように感じる。

どの道も、先がどうなってるかは、自分で歩いていってみないとわからない。

散々迷うのは、たくさん可能性があるから。

そして、このたくさんの可能性のうち、正解はひとつしかないように感じるのだけど、

実は、どこへでも行けるんだ。

 

たとえば、理系で大学に入って、いったん卒業して、やっぱりもう一度文系として大学に入りなおした人を知っている。

道をひとつ選ぶことは、なんとなく他の可能性を捨てることのように感じてしまう。

でも、実はそんなことはなくて、後からでも「その場所に行きたい」と願えば、

違う道を辿って、辿り着くことができる。

 

コツは、一度決めたら、とりあえず振り返らずに歩き始めてしまうことだ。

「とりあえずこの1年は、こうしてみる」と思ったなら、1年はその道を歩いてみる。

歩いてみて、やっぱりだめだ、と思ったら、またその時考える。

何歳になっても、決断に遅すぎるということはない。

 

 

 

浪人するか すべりどめに行くか

自分の番号がなかったときの、頭が真っ白になる感じをいまだに覚えている。

自分の番号を見つけたときの、腹の底からほっとするような喜びは、もうはっきりと思い出せなくなった。

 

後輩から、

「一浪して東大を目指すか、それとも早稲田や慶應に行こうか悩む」

と相談されることがある。

私は浪人したことがないし、早稲田や慶應に入学したこともないから、正直なところよくわからない。

 

「一年なんて誤差だ」と思う。

人生100年。1年や2年遅れたからってなんだ。

どうしても東大がいいなら浪人すればいいじゃない、と思う。

それに、東大生は結構留年する。

私の周りでも留年生は少なくない。

1年留年するんだったら、1年浪人するのだって同じだ。

不合格が死ぬほど悔しいなら、1年間本気で勉強して、見返してやればいい。

きっとその1年は無駄にならない。

 

同時に、「東大は、一年浪人してまで入る価値のある大学なのだろうか」とも思う。

きっとその1年は苦しい。

浪人したからって絶対合格する保証なんてない。

早稲田や慶應や一橋や東工大だって、いい大学だ。学生は楽しそうにしてる。

あなたが大学でしたいことは、東大でなければできないことだろうか。

サークルでわいわいしたい、部活動に打ち込みたい...それなら東大じゃなくてもいい。

東大の授業の中にはつまらないものも沢山ある。一流の教授は研究が一流なのであって、教え方が一流ではないから。

東大には女の子が少ないから、満足な恋愛ができなくてがっかりするかもしれない。

 

東大生から言えることは、この程度しかない。

結局、答えは自分自身で決めるしかないから、私はこれ以上のことは言わない。

私の中に答えはない。親の中にも、恩師の中にも、google先生の中にもない。

答えは、あなたの中にしかない。

 

 よかったら、参考にしてほしい記事。

 

beyond21.hatenablog.com

 

年をとったらとるだけ透き通る場所はどこ?

好きな歌の話。

 

私がフラカンに出会ったのは、たしかspitzのライブに行ったとき。

急に知らんおっちゃんが出てきて、知らん歌を歌い始めた。

べつに歌はうまくない、顔が整ってるわけでもない。

でも、びっくりするくらい、かっこよかった。

 

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あんまりみっともないくらい必死に歌うから、最初はちょっと笑っちゃって、そのあとで涙がでた。

この曲のほかのyoutubeをみると、ボーカルのひとが流血して顔どろっどろになりながら必死の形相で歌ってる動画も出てくる。

なんでこの人はこんなに必死に歌ってるんだろう。なんでこんなに必死になれるんだろう。

死に物狂いでなにかをするってことは、かっこわるいことだと思っていた。

 

年をとったらとるだけ 増えるものは何?

年をとったらとるだけ 透き通る場所はどこ?

十代はいつか終わる 生きていればすぐ終わる

若さはいつも素っ裸 見苦しいほど ひとりぼっち

 

歌詞の一部、とっても好きなところ。

年をとったらとるだけ、どんどん頭でっかちになっている気がする。

なんだかどんどん濁っていって、何もかもが見えにくくなっていく気がする。

年をとったらとるだけ、透き通る場所なんてあるだろうか?

見苦しいほどひとりぼっちな私は、その孤独とばかみたいに正面から向き合って、どこか、透き通る場所を探したかった。

だって、もしそんな場所が自分の中に見つけられたら、それだけで、生きる意味に十分な気がするから。

 

傷つきたくない

現実がどんな結果を運んできても傷つかないように心の準備をするのに必死で、

保険をかけるのに必死で、ほんとうの自分の気持ちがどうか分からなくなってしまった。

 

親友と、ずっと仲良くしたい。この人を失いたくない。

でも、相手はそう思ってないかもしれない。

傷つかないように、期待しないことにした。

「どうせ人間関係なんていつか終わるんだよ」

傷つかないように、諦めた。

あとには、親友が離れていって「ほら、やっぱりね」と諦めたように笑う私が残った。

ほんとうの気持ちは箱に鍵をかけて心の奥にとじこめたから、悲しいなんて気持ちはおこらない。

ただ、涙は鍵をかけられないから、涙だけがわけもなくぽろぽろ落ちて、

「あれ、悲しくなんてないのに、なんでだろう」って。

 

 

自分を傷つかないようにするのに必死で、ほんとうの気持ちがわからなくなった。

大人になるってそういうことなんでしょうか。

もしそうなら、私はどうか、こどものままでいたい。