一応、東大女子ですけど、すみません

恋愛とか人間関係とか、ふつうの東大女子による些細なあれこれ。

戦争が始まるかもしれないということ

 

太平洋戦争を経験した人が、言っていたこと。

「戦争前は、とにかくみんなが明るかった。第一次世界大戦も終わって、次に戦争が来るなんて誰も想像していなかった。みんな、何も考えていなかった。

今も、そんな雰囲気になってきたね。」

 

第二次世界大戦で多くの人が死んで各国が反省をしたから、もう戦争は起こらない。

日本は平和主義を掲げているから、戦争に巻き込まれない。

そうだろうか?

私たちは、何も考えていないだけなんじゃないだろうか。

 

北朝鮮からミサイルが飛んできても、2回目には「慣れ」てしまう国民。

それでも、戦争についての議論が活発になったとは思えない。

なぜだろう、戦争を語ることはタブーのようにさえ感じられる。

外国人記者や海外の友人に、「中国と戦争になると思うか?」と聞かれ、「なりうる」と答えた。

「絶対」戦争にならない、100%、0%、そんなことはあり得ない。

明日の天気が70%の確率で雨であるように、未来はいつも、白か黒かではなく、どちらの可能性も含んだグレーだ。

海外の人達は、「中国と戦争になると思うか?」という質問を、自然な質問、当然な質問として投げかけてくる。

少なくとも私は、日本人から同じ質問を投げかけられたことはない。

 

 

太平洋戦争が、第二次世界大戦が起こったのは、軍部のせいではない。

たしかに当時の軍部に責はある。でも、戦争を選んだのは国民だ。

なぜなら、軍部を支持したのは他でもなく国民だったからだ。

「軍部は、国を憂えて行動している。政治家はダメだ。腐っている」

そう書いていたのは新聞だし、そう考えていたのは国民だ。

 

私は戦後に生まれた。たぶん、これを読む人は大抵戦後生まれだと思う。

戦争ってなんだ?いまいちわからない。

今でも北朝鮮と韓国は「休戦中」で、いつ「再開」するかわからないなんて言われても、ぴんと来ない。

核がーとか、ミサイルがーとか、どこか遠い所で起こっている気がする。

でも、考えなきゃだめだ。

全員が考えるのをやめてしまった時、それが本当に戦争が起こる時だ。

だから考えなきゃいけない。

先の大戦はなんで起こったんだろう?経済制裁ブロック経済化...今も現在進行形で起こっていることじゃないのか?

北朝鮮怖い」とか、「まあ戦争は起きないでしょ」とか、そんなことを語るのではなく、自分が"有識者"であることをすべての人に自覚してほしい。

インターネットがあり、図書館があるこのご時世に、勉強しようと思ってできないことなど何もない。

なんなら、東大の授業だって潜れる。時間割だってネットで公開されているから、国際関係論とか平和論とか、そういう授業を探して潜ってみてもいい。

なんだってできる。していないのは、あなたの選択だ。

私たちひとりひとりが、勉強して、"有識者"にならないといけない。

いつまでも「大衆」のままじゃだめだ。

もし今戦争が起こったら、勉強もせずに、まともな意見も発さずに、なにも真剣に考えずに、こうして生きている私たちの責任だ。

戦争の責任を他国や政府に押し付けられると思ったら間違いだ。

 

戦争が起きるか起きないかは、他国の独裁者や自国の首相が決めることではない。決めるのは私たちひとりひとりなのだということを、今一度、思い出す必要がある。

 

 

ミスコン 世界の価値観と日本の価値観①

美しさとは何か

今年もミス・ミスターコンテストの投票がはじまった。

ファイナリストの中には知り合いもいて、すごいなあと思ったりする。

 

私の高校は、「ミスコン?顔でランキングをつけるなんてけしからん!」という教育方針だったので、学祭でミスコンなどはやらせてもらえなかった。

でも顔でランキングをつけるというのは、結構昔から世界各地で普通に行われてきたことだと思う。もちろん、「その”普通”が、男女差別の原因になっているのだから変革しなければならないのだ」といった議論は可能だと思うけれど。

 

ミスミスターコンにおいて、私の興味の関心はむしろ、「美とは何か?」という問に集約される。古来から哲学者が、芸術家が、ありとあらゆる表現者(もちろん私たち自身もなんらかの形で日々表現者である)が、美とは何であるかを考えてきた。

時代と場所が違えば、美しさの概念は異なる。美しさとは相対的である。そんなことは誰でも知っている。

普遍的な美というものは存在しないのだろうか。

今行われているミスコンは、「日本人から見て、どんな大学生が美しいorかわいいと思われているのか」という指標を提示してくれる。それは、「いま」「日本人」「大学生」などごくごく限られた枠組みの中でしか認められない美しさなのだろうか。

 

思うに、美とは、何か一つの軸で測れるものではない。

私たちが生きることができるのは「いま」「日本」しかないが、美とはもっと様々な時・様々な場で表現されてきた。

そうした「美の広がり」を学ぶことは、美の本質に迫ることであり、それは自分自身が美しく生きるため必要なことかもしれない、と思う。

 

アメリカ

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移民の国なので、もちろんいろいろな女性がいて、価値観も多元的。

典型的なアメリカ美人は...

・歯が白い

・髪の毛は長め

・ハイヒールが似合う

・肌の色は黒め(若い子はわざと焼いてたりする)

◎特に、内面的に自立した女性であること(意志の強そうな顔が好まれる)

 

カナダ

お隣の国、カナダへ。ここも移民の国。

Julia Voth most beautiful Canadian woman photo

典型的なカナダ美人は...

・クールな外見

・骨格が大きめ(肩幅が結構ひろい)

・鼻がしゅっとしている

・唇がしっかりめ

・肌の色は白い

◎目が物語る。なんと言葉で言ったらいいか分からないけれど、カナダ美人と言われている人達はみんな目が魅惑的。

 

フランス

言わずと知れた美の国。

Michele Mercier the most beautiful French woman photo

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ナチュラルビューティーというのがキーワード。様々な美を良しとする国で、フランス美人の共通点を見つけるのは難しい。

強いて言うなら、共通してみられる特徴は...

・女性的

◎ミステリアス

・エレガント

 

 

予告

次の記事ではアフリカ系の国々など紹介します。

ちなみに写真はここからお借りしました。各国の美女・美男ランキングなどあり、面白いです。

beauty-around.com

 

 

 

 

悲しい時には筋トレしよう

「悲しい時には」シリーズ。

 

beyond21.hatenablog.com

 

 

自分の発想がネガティブになっていると感じたら、ジムに行こう。

運動をしよう。筋トレで、自分の身体を変えることから始めよう。

 

運命みたいなものに自分が支配されていると感じたら、自分が自分の在りたい姿じゃないと思ったら、自分の力で自分を変えられることを体感することが一番だ。

突然自分に降りかかる悲しみは避けることができなくて、容赦なく襲ってくるけれど、運命の舵は自分自身が握らなきゃいけない。

残酷さに奪われた舵を、もう一度取り戻すための手段が、筋トレだと思う。

大袈裟かな?

筋トレする人は大体ロマンチストなのです。許して。

 

外に出たくなくても、筋トレ。

それだけで、自分に勝った気がする。

明日からもなんとかなる気がする。

自分で自分を律することは、苦痛ではなくて、快感なのだと知る。

 

身体が変わり始めると、惚れ惚れする。

今日の自分が昨日の自分よりイイ女であることが嬉しい。

 

心と身体は不思議につながっていて、心の在り方は身体の在り方に左右される。

心をコントロールできないと感じたら、身体を変えればいい。

身体が変われば、自然と心も変わる。

 

悲しい時には勉強しよう

受験時代も、今も、私を支えている言葉がある。

大野晋の『日本語と私』という本に出てくる一節である。

 

悲しい時には勉強しよう。勉強は人を欺かない。自分が一生懸命やりさえすれば必ずこたえてくれる。

 

大野晋は旧制一高(現東京大学)の入学試験に、28人中28番目で合格をした。

入学してみると、周りの友人は「父親が外交官だ」とかなんとか、良い家の出身者ばかり。

そんな家の子はドイツ語が当然のように喋れて、もちろんフランス語なんかも流暢で、とにかくものすごくデキるのだ。

それに対して大野は下町の砂糖問屋の生まれである。

 

僕は「多力」と「少力」という言葉を考え出した。多力とは、生家が金持ちで社会的地位も高い人のこと。一高にはいっぱいいた。少力とは、僕みたいに学問を続けることさえ困難な状況の人間のこと。

(中略)

でも勝ち負けが決まるのは最後に墓場で会った時、とそのころは心に念じていたんだ。

 

大野先生に私を重ねるのは不遜かもしれないけれど、ものすごく心に染みるものがある。

やはり東京大学にいると、「お父さんもお兄ちゃんも外務省のエリート、おじさんは〇〇病院の医院長」とか、「おじいちゃんもお父さんも大学の有名教授」とか、そんなのがごろごろいてびっくりする。

私の家は父も母も地方の高卒。それを恥ずかしく思ったことはないけれど、「少力」か「多力」かで言えば、「少力」の方だろうと思う。

 

高校で塾に入った時に、周りがあんまり勉強できるので衝撃を受けた。

そういう子たちは中学1年生のころから塾に通って勉強しており、到底追いつけないなと感じた。

私は最下位で入塾試験を突破して、ものすごい劣等感の中で「勉強をするしかない」と思った。

大野晋の言葉を教えてくれたのは、その塾の先輩であった。

 

私は「少力」である。

帰国子女みたいに英語がべらべら喋れるわけでもない。

数学は万年びりで、毎回満点のあの子には敵う気がしない。

悲しい。

しかし、悲しい時には勉強をすればよい。

勝ち負けが決まるのは墓場で会った時である。

今は力の差に耐えて、耐えて、涙を拭くようにこつこつと勉強をすればよいのだ。

 

考えてみれば私は中学受験の時も補欠合格で、ほとんど最下位合格だった。

でも、高校3年生の模試では、文系で学校1位をとったし、全国は2位までしかいけなかったけれど、まあ2位まではいった。

要は、勉強は常に私の味方であった。

自分の生まれも、親も、性別も、生まれ持った才能も、選べないし変えられない。

世の中は実際、不条理で不平等だ。

けれど、勉強は、勉強だけは、やればやるだけ答えてくれる、たしかな味方なのである。

 

 

 

夏だ。気持ちのいい恋をしよう。

 

当たり前だけど、誰かを好きになるときには条件も留保も約束もなしにとことん好きになった方が気持ちいいのだ。

 

     舞城王太郎好き好き大好き超愛してる

 

 

無条件に誰かを骨の髄まで好きになること。

奢ってくれるから好きとか、構ってくれるから好きとか、そういうのじゃなくて。

彼は私に何もしてくれないのに、それでも好きが止まらない。

自分で自分の感情が全然コントロールできない。止めようとしたって無理。溢れてきちゃうものは仕方ない。

些細な彼の仕草でさえ感情がぐちゃぐちゃにかき回されて、なんで私はこんな人がいいんだろう?って不思議になる。

彼とのあいまいな関係が続いていく保証なんてどこにもなくて、約束に支えられていない不安定な将来を想って、今がずっと続けばいいのに、なんて思う。

 

そういう好きは、楽しくて嬉しくて悲しくていらいらして寂しくて切なくて、気持ちがいいのだ。

 

人生に一度きりの夏だから、気持ちのいい恋をしよう。

 

 

ひとごと

 

いつまでたっても私は受動的だ。

何か面白いことないかなって、世界が動き出すのを待っている。

世界を動かすのは私なのに。

 

ふと泣きたくなることがある。

自分はなにもかわいそうじゃないのに。

 

日常がつまらないとぼやく。

楽しくするのは、自分の心の持ち方ひとつなのに。

 

まるで全部が他人のせいであるかのようだ。

まるで全部が、自分とは遠い所で決められているかのように、諦めている。

 

じぶんのことなのに、「じぶんごと」だと捉えるのは意外と難しい。

自分が幸せかどうかは自分の心が決めているのだということを、しばしば忘れる。

 

自分の人生の主導権を手放してはいけないのだ。

流れが急な所でこそ、しっかり自分自身が舵を握らなければいけないのだから。

 

 

自分らしさみたいなもの

 

明るくふるまっていると、おとなから「無理していない?大丈夫?」って、友達から「困ったら頼ってね」って、言われる。無理してるように見えるのか。

「あの子ぶりっこだよね」って思われたくない。

自然体でいるように周りから見えるように、裏表のない人間だと思われるように、

いい人すぎると裏があると思われるから、わざと辛辣なことも口に出すことで、裏表のなさを演出。

言葉遣いを男っぽくすることで、ぶりっ子だと思われないように、さばさばしたひとを演出。

めんどくさがって、てきとーにふるまうことで、自然体でいる感じを演出。

結局、周りを気にして、自然体からどんどん遠ざかっていった。

「自然体でいる」と見られるために、自分を自然体から遠ざけた。

偽善ならぬ、偽悪

 

まあ結局、損するのは私自身。

友達がてきとーすぎて悲しくなって、類は友を呼ぶってほんとなんだ、と思う。

 

 

私は誰になんといわれようと、私でいればいい。

自然体でいると思われたいのなら、自然体でいればいい。

明るくふるまうのは、私がそっちの方が楽しいから。

まじめに取り組むのは、そっちの方が楽しいと知っているから。

ひとの悪口を言いたくない。自分のために。

全部、私は私のためにやるんです。私は私のために、私の在りたいようにあるんです。

他人なんか知ったこっちゃないんです。

自己中心で上等。悪いけど、私の世界の中心は、驕りでもなんでもなく、事実、私なんだから。

 

処女とかヤラハタとかビッチとか

 

ヤラハタになりたくないからセフレでもつくろうかな、と言った女友達がいる。

処女の価値ってなんだろう。

20にもなって処女だということは恥ずかしいことなのかな。

 

ふと、ビッチになりたい、と思う時がある。

いろんな男の人と寝ている女の子の話を聞いて、軽蔑と羨望を同時に抱く。

ももっと早く処女を捨てていれば、もっと気軽に男性と寝たり、そういう人生の楽しみ方もあったのかもしれない、と思う。

一日ビッチな子と体を交換して、てきとうな男性と寝てみたい。そんな風に思ったりもする。それっておかしなことなのかな。

 

私の中高は女子校で、性教育で何を教わったか全く覚えていない。

何を教わればもっと性に自然に向き合えるのかなんて分からない。

大学生にもなって自分の性をもてあましているのは、完全に「女子校拗らせ」だよね、と笑う。

でも、女子校じゃなくても、私はやっぱり自分の性への向き合い方を知らないと思う。

処女膜ってなんだよ。生理はいっちょまえに毎月訪れやがって。ちょっと自分の身体にツッコんでみたりする。

ボケとツッコみって意味で、別に物理的に突っ込むわけじゃないよ。

 

三島由紀夫の本を読んでいて、処女膜があるのは人間とモグラだけなどという記述に出会った時は驚いた。

事実じゃないらしいのだけれど、人間とモグラにしか処女膜がないのを想像するとなんだかとても可笑しい。モグラって。笑える。

 

性の問題って、誰かと面と向かって話す機会がないから、「こう思ってるのは自分だけなのかな」と不安になる。

「みんなはいつセックスしたんだろう」。知りたいのは統計とかじゃなくて、自分の所属している女の子グループの相場感だから、調べようがない。聞くのもはしたない気がして聞けない。

インターネットで知らない人が自分と同じようなことを考えていると、ほんのちょっと救われる。これも私だけかな。どうか他の人にとってもそうでありますように。

 

 

なにが大事で、なにが大事でないのか。

Personal Value

就活にあたって、あるいは普段の人間関係においても、

「私にとって大事なものってなんだろう?」

「彼、彼女はなにを大事にしているんだろう?」

という問はとても大事なものだと思います。

 

 

以下に、いろいろな価値を列挙してみました。(就活に焦点をあてています)

 

・達成感を得たい

・昇進したい

・リスクをとって冒険したい

・自分の美的感覚を高めたいorに従いたい

・自発的に仕事をしたい

・愛情の感じられる職がいい

・自分のポテンシャルをフルに使いたい

・変化しつづける環境に身を置きたい

・競争したい、競争の結果がはっきり分かる方がいい

・チームで協力したい

・クリエイティブな仕事がしたい

・経済的に安定した仕事がいい

・わくわくできる仕事がいい

・家族との時間をしっかりとりたい

・友情を育みたい

・健康でありたい

・他人を助けたい

・社会に貢献したい

・社内が調和的な雰囲気であってほしい

・正直、誠実な仕事がしたい

・専門家になりたい、専門性のある仕事がいい

・知識を身に着けたい

・リーダーシップを発揮したい

・自分の趣味、スポーツの時間をしっかりとりたい

・場所(自分の家から近い方がいい、など)

・楽しみたい

・権力をもちたい

・正確さが求められる仕事がしたい

・責任をもつ仕事がしたい

・自分の貢献が目に見えると嬉しい

・会社の将来が予測できるような、安定した職がいい

・精神的な仕事がしたい

・自由にスケジュールを組みたい(何時出勤、などの規則が少ない)

・お金がほしい

・その他(自分で考えてみてください)

 

 

ステップ1:上のリストから、自分にとってこれが大事だ!と思うものを10個選んでください

ステップ2:上のリストから、自分にとってこれが大事だ!と思うものを5つ選んでください

ステップ3:上のリストから、まあ最悪これひとつ大事にできれば、あとはどうでもいい!と思えるものを1つ選んでください

 

就活の説明会に行くとたくさんの情報が得られます。

事前に、自分にとって何が大事でなにが大事でないのか、をはっきりさせてから行くといいと思います。

元カレや好きな人を忘れる方法

元カレや好きなひとを忘れるのって、難しいですよね...

 

基本的なアドバイスの一つに、「彼と会わないようにしましょう」というのがあります。「人間は会わなければだんだん忘れていく生き物」とかなんとか。

とはいえ、ほんとうに好きな相手と、「もう会わないぞ!」って決意することそれ自体が大変難しい。それが決意できてれば「忘れたい」って悩むこともないんです。

 

彼と一緒に行った場所を通るたびに彼のことを思い出してしまう。

夢に彼がでてきて朝起きて泣く。

お風呂に入っているときにふと悲しくなる。

twitterで彼のツイートがRTされて回ってきた...

facebookで彼の新しいプロフィール写真がいいねされて回ってきた...

 

とにかく、どれだけ忘れたいと思っていても「思い出してしまう機会」が生活の中にたくさんあるんです。

 

では、どうしたら忘れられるのでしょうか?

私が、効果があると思ったものをいくつか紹介します。

 

①彼の幸せを心から願う

元カレの場合、彼を責める気持ちがありませんか?

好きなひとの場合、彼から愛を奪おうとしていませんか?

 

彼とお別れしたことは、彼にとっても、自分にとっても、ポジティブなことだと考えましょう。

「夜をいっしょに歩いたから、朝が来たらお別れ」

彼と苦しい時間を共に支えあって、幸せな時間を紡いできたでしょう。

明けない夜はないのです。

彼にも、自分にも朝が訪れようとしているから、2人はもう2人である必要がなくなったのだ、と考えてみてください。

これから朝が来ます。彼も、自分も、1人で歩いていくことができます。

あるいは、朝にふさわしい、新しいパートナーの季節なのです。

 

好きなひとの幸せを、私はこんなに純粋に願っている、と思うでしょう。

でも、ほんとうに純粋に相手の幸せを願っているときは、苦しくならないはずなんです。

もしあなたが、苦しい、つらい、と感じているのだとしたら、それは「私がこんなに愛を与えているのに、彼は私を愛してくれない」と感じているからです。

与えたものを全部返してもらいたい!という気持ちでいるうちは、彼のことを忘れられません。借金のとりたてやのごとく、ねちねちと彼のまわりをつきまとってしまう結果になります。

もちろん、自分は相手の幸せを心から願っているんです。その気持ちに嘘はない。でも結果として、相手からの愛を期待しつづけていくことは自分自身を苦しめるんですよね...

ということで、「相手からの見返りはなにも要りません!」という気持ちになることが、彼を忘れる第一歩です。

難しいですが、これができれば、人間として大きく成長する一歩を踏み出したと言えるのではないでしょうか!

 

②執着をたつ

「忘れたいのに忘れられない」「諦めたいのに諦められない」というのは、まあ簡単に言ってしまえば執着ですよね

 

元カレを忘れられない、好きなひとを忘れられない、という女性に多いのが、「部屋に持ち物が多い、断捨離が苦手」という方ではないでしょうか?

私自身、使い終わった修正ペンとか小学校の時の遠足のしおりとか、もう絶対使わない、見ないようなものでも捨てられずに大切にとっておく習性があります笑

 

出会いがあれば別れがあります。

急接近した相手なら、急に距離が離れることもあるでしょう。

離れていくものは仕方がありません。物を捨てる要領で、人もぱっと諦めることが肝心です。

 

コツは、川をイメージすることだと思っています。(友人の受け売りです笑)

ゆったりと流れる川です。底に、がらくた(自分にとっては宝物)がたくさん沈んでいます。

それを、ゆっくり、大きく、押し流していくイメージです。

流れたものは、当然帰ってきません。でも、いつかは流れるものです。底に沈めたままでは、腐って錆びてしまいます。

自然の摂理に身を任せるような静かなきもちで、いろいろなことを流してみてください。

 

③時間が経つのをひたすら待つ

自分で自分の気持ちがどうしようもない時は、時間が経つのをひたすら待つしかありません。

3年も経てばたいていのことは忘れます。そういうふうにできているんです。

その間つらいでしょうが、耐えるしかありません。

焦らないことです。

1年たっても忘れられないでいる自分を発見しても、めげないことです。時間は必ず解決してくれると信じて、待ちましょう。

 

 

以上、元カレや好きな人を忘れる方法を3つ挙げてみました。

忘れられないとき、とてもしんどいと思います。

注意すべきは、悲劇のヒロインになって、いつまでもつらい状況に甘んじてしまわないことです。

つらい、悲しいと思っている自分ではなく、楽しい、幸せだ、と思っている自分を目指してください。

女の子は泣いて強くなるんです!

 

嫉妬

 

あの子は明るくて、優秀で、誰に対しても差別なく接する。

あの子の笑顔はみんなを幸せにする。

そんなあの子に惹かれる人は多くて、私もあの子に惚れた人間のひとり。

ああなりたい、と思って、昔の私はもっとああだったのに、と思った。

 

嫉妬することが多くてイヤになる。

あの子なら、きっと嫉妬はしない。素直に他人を称賛できる。

たぶん、自分の価値に自信があるから、他人の成功を素直に称賛できるんだと思う。

 

私も、あの子のように魅力的なひとになりたい。

自分が在りたいように在れないことにイライラする。

自分がありたいように在れないから、いろんな人に些細なことで嫉妬する。ばかじゃないの。醜い。

 

まわりがきらきらしているのを見るたびにみじめなきもちになる。

こんなはずじゃないのにって。もういやだ。

醜い私はもうイヤ。きれいになりたいよ。

 

 

東大女子 彼氏のつくりかた

これまでの記事で、圧倒的にこの記事へのアクセスが多かったんです。

(他にもっと良い記事もあるのになあ)

 

beyond21.hatenablog.com

 

ということで、今回はこんなテーマです。

 

悩める女子へ、東大男子に告白してもらうテクニック10選

 

www.youtube.com

 

私は中高女子校出身です。

大学に入ってすぐキャラに失敗し、大学1年生の間は、”男性から「男友達」としてしか見られない系女子”というポジションに甘んじていました...

「男友達ポジションはラクだし、楽しいし。」と思っている女子校拗らせのあなた!

女として意識されないうちは、彼氏はできません!(それはそう)(楽しく生きたいだけなら彼氏要らないという説はある)

 

「モテ期を経験してみたい」「彼氏がほしい」と思っているあなた!

ためらわずにテクニックを使うべし。

「テクニックを使うのは、一部のかわいくてあざとい女の子だけでしょ」と思っていませんか?

女の子は誰しも、テクニックを使って彼氏をゲットするものなのです。

 

彼氏をゲットするためのテクニックを羅列してみますから、ぜひ実践してみてください。

びっくりするほどモテるようになります(※個人の感想です)(モテる友達から伝授されたテクニック集です)。

 

①手と手のタッチは必須

(テク1)

「ハンドクリーム出しすぎちゃった~もらってくれない?」と言って、自分の手で彼の手を包む。

(解説)

効果はばつぐんだ!しかし、夏には使いにくいテクニック。また、このテクニックは「あざとい女子の鉄板」として男性にも認知され始めているので、多少危険度はある。

ポイント:ハンドクリームを持ち歩くという女子力の高さをさりげなくアピール。

 

(テク2)

「手、おっきいね」と言って自分の手と大きさ比べをして、そのまま恋人つなぎの要領で相手の手をぎゅっと握ったのち、「えへへ」などとふざけてみせる。

(解説)

効果はばつぐんだ!!

ポイント1:「〇〇くんってピアノやってたんだ。男のひとってオクターブ以上届くの?」「〇〇くんテニスやってるよね?マメとかできるの?」といった、「相手の特徴」と「相手の手の話」を結び付ける話題から導入すると自然。

ポイント2:「手が小さいな」と思わせる。→男性はあなたを女性として意識。「守ってあげたい対象」になる。

ポイント3:手をぎゅっと握られるとドキドキします。「えへへ」とふざけて多くを語らないのがコツ。男性に、意図を読み取らせないことで、困惑を誘います。

もしハードルが高いと感じるなら、「この前女の子の友達に手をこうやってぎゅってされたんだけど、なんかこれドキドキしない?」と笑顔で訊いてみるのもGOOD。

 

②飲み会で使う!間接キスはOKのサイン

(テク3)

「そのお酒なに~?」「へえ、初めて聞いた。おいしいの?」→お酒をもらう「おいしーい!」「私お酒苦手なんだけど、飲みやすいね!」

(解説)

実はこれ、伏線にすぎません!次回につなげるテクニックです。

→「今度2人で飲みに行こう?」などと誘い、たとえば3週間後くらいに会う約束をします。

そして、この前彼が飲んでいた(そして味見させてもらった)お酒を注文し、「私、あれ以来ついこのお酒頼んじゃうんだよね」と照れてみせます。

 

(テク4)

「酔っちゃった~~このお水飲んでもいい?」

(解説)

ポイント1:「酔っぱらっている」と宣言すること=積極的なボディタッチの免罪符。

横並びに座っているなら、彼の肩に頭をのせてみましょう。

ポイント2:自分から間接キスって、生理的にイヤな相手にはやりませんよね?

つまり、男性に「この女の子は自分に気があるのかも」と可能性を感じさせることができる。(可能性を感じないと、男性は告白してきません)

 

③理系男子は「褒める」。文系男子は「理解する」。

(テク5)

「何を研究してるの?」→「すごい!」「かっこいい!」「頭いい」「教えるの上手だね」

(解説)

自分と同じ研究分野のひとには使えないテク。

ポイント1:理系男子に対しては、とにかく「教えてもらう」側に徹すること。男性が気分よく教えてくれるように、ひたすらもちあげる。

ポイント2:東大男子限定かもしれないが、順位が大事。「俺、全国模試で1位だったんだ」みたいな自慢をさせてあげると良い。「一番」とか「他の人より」とか、順位や比較を意識した言葉まわしをすると、彼の気分が良くなる。

 

(テク6)

趣味や幼少期の経験を訊く→「そうだったんだね」「今度一緒に(彼の趣味を)やりたい」

(解説)

ポイント1:趣味にはまず尊敬の念と興味を示す。

たとえば自分で小説を書いているひとなら、「読ませてほしいな」からの、感想を丁寧に伝える。

ポイント2:幼少期のつらい経験を語ることは、心の距離をぐっと縮める。

自分の小さなトラウマを打ち明けてみると、彼も語ってくれることが多い。とにかく共感し、同情し、「私はあなたの理解者です」とアピールをする。とにかく丁寧に相手の話を聞く(そして忘れないようにする)。

 

スマホは武器になる

(テク7)

スマホ見せて~」「暗証番号あてる!」

(解説)

話題がないときに使える。

ポイント1:「スマホ見せて~」の時に、彼の手と自分の手が触れることを意識する。

ポイント2:「ロックしたままでいいから!暗証番号あてたい」で警戒心を解く。

ポイント3:最初はてきとうに1234とか入れてみる。「え~あたらない」

ポイント4:「誕生日はいつ?」暗証番号を当てるという口実で、彼の誕生日などの個人情報を自然に聞き出せる。

ポイント5:指紋認証の場合、「手かして?」と言って彼の手を借り、「ロック解除できた!」と無邪気に喜んで見せる。手と手のタッチをここでも意識。

 

(テク8)

彼と写真をとる→「写真送りたいからLINE教えて?」「インスタやってる?」

(解説)

彼と初対面のとき。自然にLINEやインスタでつながることができる。

 

⑤告白されたいなら、「あなたが特別です」と言外に伝える

(テク9)

彼だけに挨拶をする、他の友達といるときにすれ違ったら、「〇〇くん!」と声をかける

(解説)

大学キャンパス内を想定しています。他の子には自分から「おはよう」と言わないのに、彼には笑顔で「おはよう」と声をかける、など。「俺って彼女にとって特別な存在なのかも」と思わせる。

 

(テク10)

「〇〇くんといるときが一番落ち着くなあ」「〇〇くんにしか言わないから、秘密にしてね?」「〇〇って呼んでもいい?」

(解説)

ポイント1:彼に、自分だけのあだ名をつけてみる。下の名前からとった、彼女が呼びそうな名前だとGOOD。

ポイント2:あなたは「多数の男友達の一人」ではなく、「特別親しいひと」なんだと伝える。

 

 

 

以上です!いかがでしょうか。

彼氏のほしい東大女子のみなさんの助けになれたらと思います。

 

この記事を読んでしまった東大男子のみなさん笑

男性から告白されてイヤな気持ちのする女性はほぼいません。

「オタクから告白されるのはきもい」とかいうツイートが話題ですが、そういうことを言う女性の心理は、「告白されたと自慢したい」だけなんです(たぶん)。

様々なテクニックで女性がアプローチをかけてきたら、その勇気に応えてくれれば、幸いです。

 

 

「失敗」をすることに一生懸命な日本人

 

「一度も失敗をしたことがないひとは、新しいことに挑戦したことがないひとだ。」

 

 

私はたぶん、「失敗をしたことがない」。

中学受験は4校全部合格したし、

大学受験も、東大、早稲田、慶應を受験して全部現役合格だ。

そういうのを失敗の基準だと思う人からしたら、私は失敗をしたことがない人間に見えるんだろう。

 

自慢だと思わないでほしい。

「失敗」をしたことがないことは、悪いことだ。

 

道徳の授業では、失敗の末に大きな成功を収めた偉人の「失敗」が称賛される。

JPOPを聴けば、「失敗してもくじけないで」とか「失敗の数だけ強くなれる」とか感動的な歌詞が飛び込んでくる。

一度も失敗をしたことがないひとは、新しいことに挑戦したことがないひとだ。」という言葉が「名言」として需要される社会。

 

きっと私は大きな成功を収めることができない。

きっと私の心は挫折を経験したことのない弱い心だ。

きっと私は何も挑戦したことのない臆病者。

失敗したことのないことが、大真面目に、私のコンプレックスで、人に言うのも恥ずかしかった。

恥をしのんで友達に打ち明けたとき、「勝ち組でいいね」と言われた。

 

とても哀しい気持ちがした。「失敗」したいと切実に願った。

  

私だって、失敗したことがないわけじゃない。

言葉を間違えてひとを傷つけたことは1回じゃない。

 でも、そんなんじゃダメ。

もっとはっきりした「失敗体験」がないとダメなんだ。

誰もが認めてくれるような、「失敗体験」がないと...。

 

なぜ、失敗体験がないと、だめなんだろう?

 

たぶん、失敗体験を伴わない成功談は、歓迎されないから。美談には、それを彩る失敗談がないと、だめなんだ。ただの成功は自慢にしか聞こえなくて、世間の嫉妬をかう。

 

実際、大きな成功を収めた人はなにかしらの失敗体験をもっていることが多い。

でも、中学合格だとか、大学合格だとか、そういう本人の努力だけで結果を容易にコントロールできる事象に対してまでも、「失敗談」を要求するのは違うと思う。

努力したから、得るべき結果を当然得たひとに対して、「勝ち組」と呼んで嫉妬するのはお門違いだ。

成功は良いことだ。成功者の足をひっぱるのは、日本の恥ずべき風習だ。

いまいちど、考えてみてほしい。

成功を称賛するのではなく、そこに至るまでの「失敗」の方を称賛するようになってはいまいか。

成功者に対して、やたらと「失敗談」を期待してはいまいか。

その成功を、失敗談なしに"許す"ことはできないだろうか?

 

 

 

私は勉強のために死ねない。

東大に通っています、と言うと、「勉強が好きなんだね」と言われることがある。

 

私は勉強が好きだ。

東大に入るまではそう思っていた。

 

私は勉強が好きなんだろうか?

東大に入って、私は、ただ競争に勝つことが好きなだけだったんだと気づいた。

 

小学生の時、勉強が好きだと信じていた。

新しいことを知るのは楽しかった。

でも、

勉強すれば、友達より物知りになって、授業中にたくさん発言できて、先生にも褒められる。

その優越感が好きなだけだったのかもしれない。

 

中学校の時、高校の時、勉強が好きだと思っていた。

試験勉強は嫌じゃなかった。いい成績がつくとうれしかった。

でも、

私は「試験勉強」しかしていなかった。

大学に入って知り合った、たくさんの優秀な友達は中高時代から、自分の好きな勉強を、試験範囲に関係なく、勉強していた。

毎日地図を読んでいた、毎日数学の問題を考えていた、毎日文学書を読んでいた...

 

ほんとうに好きな人なら、試験なんか関係なく、毎日そうすることが可能なんだ。

 

彼らは、それを努力だとさえ感じていない。

地図を読んでいる時間は至福の時だし、数学の問題は時間を忘れて何十時間も考えて当然だし、文学書は自身の人生のなくてはならない一部だと思っている。

 

そういう人たちと出会って、私は、勉強が好きじゃないんだと知った。

顔から火が出るほど恥ずかしかった。

試験で人より良い成績をとることだけが、人に勝つことだけが好きな人間が、

「勉強が好き」なんて言っていいはずがなかったのだ。

 

ひとに勝つための勉強しかしてこなかった人間は、大学でどうしていいか分からなくなって途方にくれる。

就活に勝つ方法を模索して、学生団体の代表になってみたり、

新しいスポーツを始めて、それで勝つ喜びを補充したりする。

 

大学は、勝負の場所じゃない。

ほんとうに勉強を好きな人間が、ほんとうに好きな勉強と心中する場所だ。

心中する覚悟のない人間は、迷わず心中することを選べる人間の前で、激しい劣等感にさいなまされる。

自分の覚悟のなさ、甘さ、不誠実さ...そういうものを突き付けられて絶望する。

 

私は勉強のために死ねない。

死ぬほど勉強してやろうと決意したその日だって、夜になったら眠くなる。

気が付いたら晩御飯のことを考えている。

 

それが、とても恥ずかしい。

私は、勉強のために死ねる人間でありたかった。

 

 

よのなかにたえてさくらのなかりせば

在原業平が好きだ。

この季節になると思い出す、彼の歌。

 

よのなかにたえてさくらのなかりせば はるのこころはのどけからまし

(世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし)

 

雨が降るたびに、はなびらが全部散ってしまわないか心配になる。

咲くまえはそわそわして、咲いたあとはやきもきする。

桜ひとつで、私たちの心は落ち着きをなくす。

 

好きなものがあることは、大切なものがあることは、幸せなことだ。

でも、そのせいで、たくさんの悩みが生まれるのも事実。

 

好きなひとができると、そわそわしてしまう。

相手の一挙手一投足に一喜一憂して。

それは春の雨のように、私がどんなに願ったって、どうにもならないものなのに。

 

大切なものができると、それが永遠には続かないことを想って切なくなる。

季節はめぐる。時間は過ぎる。

それは川のように、とどまることを知らない。

すべてのものは変わっていく。

 

美しいものは終わりがある。

「あなたに出会わなければ私の心はこんなに乱れずに済んだのに。」

これほど実感のこもった愛情表現が他にあるだろうか。

 

あなたに出会わなかった人生は、きっと味気ない。

あなたに出会った人生は、限りなく幸せで、苦しい。