読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

一応、東大女子ですけど、すみません

恋愛とか人間関係とか、ふつうの東大女子による些細なあれこれ。

他人に借りをつくれ

ああ、与えられてしまった...と思う瞬間がある。

 

荒川アンダーザブリッジではないけれど、私は、借りはなるべく作りたくない。

 

そう願っているのにもかかわらず、

入学祝いとか誕生祝いとか節目節目に祖父母からお金が送られてきたり、

道を間違いそうになったときに父母に助けられたり、

困ったときに先輩からほんとうによくしてもらったり、

折れそうになったときに友達がそばにいてくれたり。

 

借りなんて作りたくなかったはずなのに、いつの間にか借りばかりだ。

おかしい。

 

「あなたのおかげで今の私がある」という実感は、今の私にとって、苦しい。

本来それは温かな実感であるべきなんだろう。

なぜこんなに息苦しくて重い感じがするのだろう

 

「”与えられてしまった”ものを返すのが人間としての道なんだと思います」

古典の先生が言っていたのをふと思い出す。

「与えられたもの」ではなく、「与えられてしまったもの」の方がずっと実感に近い。

そうやって半ば無理やりに背負わされたものを、どうにか返済していく人生だ。

 

 

キリストは受難した。

受難を英語で何というか知っていますか。

ー答えはPassionです。

passionという英単語を、私たちは「情熱」という意味だと覚える。

 

人間はそのはじめに何か重たいものを背負わされるのだ。

それは重く苦しいが、それが心の中に灯って情熱となり、その後の人生の動力になる。