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一応、東大女子ですけど、すみません

恋愛とか人間関係とか、ふつうの東大女子による些細なあれこれ。

私は勉強のために死ねない。

東大に通っています、と言うと、「勉強が好きなんだね」と言われることがある。

 

私は勉強が好きだ。

東大に入るまではそう思っていた。

 

私は勉強が好きなんだろうか?

東大に入って、私は、ただ競争に勝つことが好きなだけだったんだと気づいた。

 

小学生の時、勉強が好きだと信じていた。

新しいことを知るのは楽しかった。

でも、

勉強すれば、友達より物知りになって、授業中にたくさん発言できて、先生にも褒められる。

その優越感が好きなだけだったのかもしれない。

 

中学校の時、高校の時、勉強が好きだと思っていた。

試験勉強は嫌じゃなかった。いい成績がつくとうれしかった。

でも、

私は「試験勉強」しかしていなかった。

大学に入って知り合った、たくさんの優秀な友達は中高時代から、自分の好きな勉強を、試験範囲に関係なく、勉強していた。

毎日地図を読んでいた、毎日数学の問題を考えていた、毎日文学書を読んでいた...

 

ほんとうに好きな人なら、試験なんか関係なく、毎日そうすることが可能なんだ。

 

彼らは、それを努力だとさえ感じていない。

地図を読んでいる時間は至福の時だし、数学の問題は時間を忘れて何十時間も考えて当然だし、文学書は自身の人生のなくてはならない一部だと思っている。

 

そういう人たちと出会って、私は、勉強が好きじゃないんだと知った。

顔から火が出るほど恥ずかしかった。

試験で人より良い成績をとることだけが、人に勝つことだけが好きな人間が、

「勉強が好き」なんて言っていいはずがなかったのだ。

 

ひとに勝つための勉強しかしてこなかった人間は、大学でどうしていいか分からなくなって途方にくれる。

就活に勝つ方法を模索して、学生団体の代表になってみたり、

新しいスポーツを始めて、それで勝つ喜びを補充したりする。

 

大学は、勝負の場所じゃない。

ほんとうに勉強を好きな人間が、ほんとうに好きな勉強と心中する場所だ。

心中する覚悟のない人間は、迷わず心中することを選べる人間の前で、激しい劣等感にさいなまされる。

自分の覚悟のなさ、甘さ、不誠実さ...そういうものを突き付けられて絶望する。

 

私は勉強のために死ねない。

死ぬほど勉強してやろうと決意したその日だって、夜になったら眠くなる。

気が付いたら晩御飯のことを考えている。

 

それが、とても恥ずかしい。

私は、勉強のために死ねる人間でありたかった。