一応、東大女子ですけど、すみません

恋愛とか人間関係とか、ふつうの東大女子による些細なあれこれ。

悲しい時には勉強しよう

受験時代も、今も、私を支えている言葉がある。

大野晋の『日本語と私』という本に出てくる一節である。

 

悲しい時には勉強しよう。勉強は人を欺かない。自分が一生懸命やりさえすれば必ずこたえてくれる。

 

大野晋は旧制一高(現東京大学)の入学試験に、28人中28番目で合格をした。

入学してみると、周りの友人は「父親が外交官だ」とかなんとか、良い家の出身者ばかり。

そんな家の子はドイツ語が当然のように喋れて、もちろんフランス語なんかも流暢で、とにかくものすごくデキるのだ。

それに対して大野は下町の砂糖問屋の生まれである。

 

僕は「多力」と「少力」という言葉を考え出した。多力とは、生家が金持ちで社会的地位も高い人のこと。一高にはいっぱいいた。少力とは、僕みたいに学問を続けることさえ困難な状況の人間のこと。

(中略)

でも勝ち負けが決まるのは最後に墓場で会った時、とそのころは心に念じていたんだ。

 

大野先生に私を重ねるのは不遜かもしれないけれど、ものすごく心に染みるものがある。

やはり東京大学にいると、「お父さんもお兄ちゃんも外務省のエリート、おじさんは〇〇病院の医院長」とか、「おじいちゃんもお父さんも大学の有名教授」とか、そんなのがごろごろいてびっくりする。

私の家は父も母も地方の高卒。それを恥ずかしく思ったことはないけれど、「少力」か「多力」かで言えば、「少力」の方だろうと思う。

 

高校で塾に入った時に、周りがあんまり勉強できるので衝撃を受けた。

そういう子たちは中学1年生のころから塾に通って勉強しており、到底追いつけないなと感じた。

私は最下位で入塾試験を突破して、ものすごい劣等感の中で「勉強をするしかない」と思った。

大野晋の言葉を教えてくれたのは、その塾の先輩であった。

 

私は「少力」である。

帰国子女みたいに英語がべらべら喋れるわけでもない。

数学は万年びりで、毎回満点のあの子には敵う気がしない。

悲しい。

しかし、悲しい時には勉強をすればよい。

勝ち負けが決まるのは墓場で会った時である。

今は力の差に耐えて、耐えて、涙を拭くようにこつこつと勉強をすればよいのだ。

 

考えてみれば私は中学受験の時も補欠合格で、ほとんど最下位合格だった。

でも、高校3年生の模試では、文系で学校1位をとったし、全国は2位までしかいけなかったけれど、まあ2位まではいった。

要は、勉強は常に私の味方であった。

自分の生まれも、親も、性別も、生まれ持った才能も、選べないし変えられない。

世の中は実際、不条理で不平等だ。

けれど、勉強は、勉強だけは、やればやるだけ答えてくれる、たしかな味方なのである。