一応、東大女子ですけど、すみません

恋愛とか人間関係とか、ふつうの東大女子による些細なあれこれ。

居場所がない

中高は部活とか強制的に入らされて、クラスに所属させられて、まあ居心地がいいにしろ悪いにしろ、居場所みたいなものがあったわけですが、

大学に入って、クラスがない。サークルもやめちゃった。一人暮らしで家族という居場所もない。学科は人数が多すぎて居場所って感じでもない。

…あれ?私の居場所ってどこだ?

 

居場所がないと感じている人は多分世の中に沢山いて、googleで「居場所がない」と検索をかけるとたくさんのサイトがヒットする。

だから私が今更なにか書いたところで新しいことは言えないとは思うのだけど、居場所ないって、何か書かずにはいられないくらい、やばいですね。

 

中学生のころに、大学生の先輩が「まじで大学に居場所がない」と言っていて、「先輩ぼっちかよw」と思っていた。

高校生のころに、大学34年生の先輩が「メイクしないで大学行く。だって誰とも話さないで毎日が終わるもん」と言っていて、「枯れてるな」と思っていた。

今ふりかえって、当時そんな風に思ったことをとても反省しています。ほんとうに。

大学って居場所がないですね。

 

twitterがかろうじて居場所みたいになっていたころもあったけれど、最近はtwitter見ても全然面白くない。

授業を受ける友達がいても、なんだか「居場所」だという風には感じられない。その授業が終わったらバイバイ。

居場所ってどうやったら作れるんだろう。「居場所がなくなってしまった」と気づいた瞬間から、なんだか足元がおぼつかないようで、ふわふわして、落ち着かない。

居場所ってどうやったら作れるんでしょう。

 

居場所が見つけられていないので、この記事に結論も何もないのですが、強いて言うなら、「居場所がない」と話す人を馬鹿にしてはいけないということです。

「居場所がないのはごく一部の人で、私には関係ないわ」などと思ってはいけないのです。居場所というものは、自らの不断の努力と心優しい周りの環境によってようやく得られるものであることを知り、今あなたに居場所があるなら、居場所があることに心から感謝しなければなりません。

自戒をこめて。というより、ただの自戒です。