一応、東大女子ですけど、すみません

恋愛とか人間関係とか、ふつうの東大女子による些細なあれこれ。

生きる意味

生きる意味ってなんでしょうか。

そういうことを考えるのが嫌い、という人も多い気がします。

まあたしかに正解がある訳ではないし、そんなこと考えたって仕方ないかもしれないけれど、「自分はこれがあるから死ねないんです」っていうものを見つけておくと、何かあった時に、踏みとどまれるような気がします。

 

自分の中で今のところ一番しっくりきている「私が生きている意味」は、こんな感じです。

"私は「ああこの人のことを幸せにしたい」とか「この人の笑顔のためなら何でもできる」と思ったことがあって、でもまだその人を幸せにできていないので、生きています"

(どうでしょう?あんまり他の方にはしっくりこないですかね?)

 

高校の時の友達の笑顔がすごく好きで、その子の笑顔を見る度に、「まじでこの笑顔のためなら私は自分の命を犠牲にできる」と思っています。そう素直に心の底から思えることに自分でも感動するくらい、思っています。

でも私は彼女に幸せにしてもらってばかりで、あんまり恩返しができていないなあ...今死んだら彼女を幸せにできないなあ...彼女の笑顔をみていたいなあ...と思うので、私は今も元気に生きています。

 

それから、彼氏に対してもそう思っています。彼氏というか元カレなのですが、ほんとうにこの人には幸せになってほしいなあと思っていたのに、彼女としての自分は彼を全然しあわせにすることができなかったので、別の形で彼を幸せにする方法を探すことも、私が生きている意味のひとつです。

 

「ああこの人を幸せにしたい」としみじみ思ったひと以外にも、実は私が生きている理由を構成している人達がいます。

それは、私がたくさんの借りをつくってしまった人です。良い言い方をすれば、お世話になった人です。

親もそうです。祖父母もそうです。予備校の先生もそうです。

この記事↓でも書いたんですが、借りをつくるっていうのは面倒だったり重かったりする訳ですが、結局人間はそうやって借りに縛られることで生きていけるような気もするんですよね。

 

beyond21.hatenablog.com

 

まあ多分生きる意味が分からないって言ってる方からすれば、他人が生きている意味なんて全然興味なくて、「東大生はそりゃ気楽でいいでしょ!」みたいに思うのかもしれませんけど...

 

海外の友達が言っていたことで、面白いな!と思ったことを紹介します。

「お酒が楽しくて気持ちいいのはなぜか知ってる?頭の回転が遅くなるからだよ。頭の回転を遅くするっていうのは、そのまま幸福感に直結する。実は瞑想とお酒はちょっと似ている。瞑想も、ゆっくり呼吸をして、自分の思考をゆっくりにするんだ。だまされたと思ってやってみて。すごい幸せな感じがするから」

これは全くの彼の持論であって、科学的な根拠などはないです!

でも、頭の回転を意図的に遅くすることと、幸福感とは、本当につながってるかもなあ、と思うんです。

日常の中でばたばたして、なんとなく24時間が終わって、そんな感じで生きる意味なんてない!って言ってる人がいるなら、一度ゆっくりする時間を、無理にでもとってほしいと思います。

ゆっくり深呼吸をして、自分の考えをゆっくりにします。

池の水面を想像してください。波だった水面を穏やかに、鏡のようにするイメージです。20分くらいで構わないので、少し、心を静かにする時間をとってみてほしいと思います。

そうする中で、生きる意味みたいなことって、少しずつ見えてくるんじゃないかなって思います。

すべての人に生きる意味はあって、ただそれを見失っている人がいるだけです。失くしたわけじゃなくて、見失っただけだから、またゆっくり見つければいいだけです。